日本会議広島における活動の記録です
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厳しい寒波も少し緩んだように見えた建国記念日のこの日、広島市中区の広島国際会議場フェニックスホールにて平成24年 建国記念の日奉祝式典「建国を祝う集い」が、1,500名の参加のもと開催された。
オープニングは文教女子高校和太鼓部による「文教太鼓 葵」の演奏。女子高生とは思えない力強い演奏ながら、時折見せる柔らかなバチ捌きが開会を盛り上げた。

続いて第82回選抜高校野球開会式での国家独唱が動画サイトYoutubeで118万回以上再生されている、広島音楽高校出身のソプラノ歌手・野々村彩乃さんによる透明感あふれる国家独唱と、参加者全員による国歌斉唱が行われた。
【野々村彩乃さんの国歌独唱の動画】
今年は32回の大会にして初めて広島市長が出席されたほか、広島県選出の衆参国会議員や副知事、県議会議長及び議員、市議会議員、海上自衛隊の方々が来賓として出席された。代表して柳田参議、松井広島市長、城納副知事、林県議会議長が挨拶をされた。
この後、同時開催のNPO法人まほろば教育事業団・広島まほろばの会主催の「まほろば素読の集い」に参加した幼児~小学生が登壇。偉人の言葉などを素読という形で発表した。「素読」とは、文章を意味はさておき、声を立てて暗唱できるまで、繰り返し読むことであり、そうする事で自然にその意味が分かってくるようになるとのこと。
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次に、一昨年60億kmの満身創痍の旅の末、小惑星イトカワのサンプルを持ち帰った「はやぶさ」のプロジェクトマネージャー・川口淳一郎氏が「日本の誇り ― はやぶさプロジェクトが目指したもの」と題して記念講演をされた。丁度この日は東映映画「はやぶさ ― 遙かなる帰還」の封切りでもあった。川口氏は東京での発表会に出席してすぐの来広となった事もあって、映画に関する柔らかな話から始まった。
そして小惑星探査の意義について「地球の中身が小惑星の地表にある。金星などの丸い惑星の地表には残っていない。極端に言えば中身の性質が判れば地震のメカニズムの理解にも通ずる。それゆえ小惑星の地表の探査は価値がある。」

プロジェクトの経緯について「最初の構想は小惑星へのランデブーまでだった。しかしNASAにアイデアを盗られてしまった。JAXAと違い予算の潤沢なNASAには太刀打ちできないため、さらに進めて試料を持ち帰る事で独創性を出そうとした。とにかく世界初を目指した。二番ではいけなかった。小惑星の物質を地球に持って帰ることができる事を証明したかった。無知の知とでも言うか、失敗をして知る事がある。そういう苦杯をバネにした意地があった。運や縁を生かすことも大事だと思ったので、岡山の中和神社に参拝したり飛行神社のお札をもらったりした。」と語られた。
またプロジェクトを成功に導く秘訣としては「技術より根性。見えるものは過去の事であり学校の教育は練習問題に過ぎない。創造と現場主義が大切である。また迷う事があればどちらも正解と思うべきである。行き詰ればルールや規制をいったん外してみる事も大事である。」とし、最後に「未来の日本は、個性とインスピレーションを伸ばす人材育成を行い「製造」から「創造」の国へと変化してほしい。そしてはやぶさプロジェクトにより示された、日本人は「創造できる」という自信と希望が、震災からの復興と日本国の復活の励ましになれば良いと思っている。」と述べられた。トップに戻る
- 2012/02/13(月) 20:52:45|
- その他の団体主催
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天皇陛下の78歳のお誕生日となるこの日、午前10時より広島市中区の広島護国神社拝殿において同神社主催の「天長祭及び奉祝式典」が行われ、続いて11時より神社悠久殿にて日本会議広島主催で「天皇陛下のお誕生日をお祝いする集い」が行われた。
国歌斉唱、松浦日本会議広島会長の挨拶の後、天皇陛下のお詠みになられた和歌を拝誦。そして3月14日、東日本大震災に際し国民に充てた天皇陛下のビデオメッセージを上映。

続いて祝意表明として、天皇陛下が御巡幸なさった全国の被災地を訪ね、御言葉を賜った方々の話を聴き取り調査する「聖跡調査」に携わった佐々木晶さんが、被災地の人々に親身になって接する天皇皇后両陛下と、そのお姿に感動し励まされる事で復興を成し遂げようとする人々のエピソードを語った。なお、この物語はご即位20年奉祝出版「天皇陛下がわが町に」として出版されている。

次に記念演奏としてサックス奏者で、元自衛隊音楽隊所属・アダレイ音楽事務所代表の佐々木善隆さんがエルガー作曲「愛の挨拶」ほか3曲を演奏。最後に参加者全員で聖壽万歳を行い閉会した。
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- 2011/12/24(土) 17:56:46|
- 日本会議広島主催
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「尖閣諸島を守る広島県民の集い」が広島市中区のRCC文化センターで開催され、約三百名の参加者で会場は埋め尽くされた。
まず国歌斉唱、松浦日本会議広島会長の挨拶の後、「尖閣を守れ!」DVDを上映。
日本会議広島地方議員連盟の石橋良三県議がアピール。「尖閣問題は国内の政治や国民一人一人の問題である。そして問題の元凶は戦後、経済発展に目を向けすぎ、教育を放置してきた事にある。」と述べられた。
次に今年6月に石垣島へ行った同連盟の島田氏が「6月 中台の保釣連盟が尖閣に押し寄せようとしていた時に、石垣島に行き戸別訪問をしたが、地元でさえ実情を知っている人は少なかった。国民が知るべき事をマスコミがきちんと伝えていない事を痛感した。」と語った。

続いて参議院議員で元イラク派遣自衛官である佐藤正久先生が「尖閣諸島を守れ!~我が国の領土領海をいかに守るか~」と題して講演された。
先生はまず現政権について「震災復興でも尖閣問題でも拉致問題でも、どれも民主党政権には心がこもっていない。国家から個人をいかに守るかを考えてきた現政権に、国家の主権や領土保全、国民の保護が出来るはずがない。しかも想定範囲がいつも小さすぎて、想定外のことが起きるたびにあたふたしている。その結果、危機対応が何も出来ていない。」と批判。
今年夏に韓国への入国を拒否された事件について「鬱領島に行こうとした本当の目的は、韓国が竹島で国会を開催する事を阻止する事だった。全世界に日韓で領土問題があることが知れ渡り、騒ぎになる事で国会開催がし辛い雰囲気を作りたかった。そして目的は達成された。」と語られた。
そして尖閣諸島を含む領土問題について「国民の意識を超える防衛力は生まれない。しかし今の国民の関心は雇用・年金・その他で、安全保障は興味が薄い。北方領土や竹島や尖閣諸島の位置を知らない国民が多すぎる。だから政府はいろんな方法で国民の意識を上げていかねばならない。毎日の天気予報に北方領土や竹島や尖閣の天気を出す事も有効である。実際に韓国は竹島で行っている。韓国が竹島に対し行っている事を、日本が尖閣で行えばいい。残念ながら今の日本では、経済的圧力を受ければ直ぐに領土を差し出す恐れがある。政治家と国民は苦しくとも絶対に守りぬくという強い覚悟とブレない軸を持たなければならない。」と熱く語られた。
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- 2011/11/25(金) 19:53:49|
- 日本会議広島主催
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66回目の終戦記念日。広島市内護国神社にて英霊感謝祭が執り行われたが、それに引き続き日本会議広島主催「戦没者追悼広島県民の集い」が同神社参集殿で行われた。
今回は140名超の参加者があり、立ち見となる方々も出るほどの盛況ぶりとなった。国歌斉唱、会長挨拶の後、「玉砕の島を行く」と題して、ジャーナリストの笹幸恵氏が講演をされた。氏は平成17年より戦地への慰霊巡拝に出かけ、これをライフワークとしており、著書には「女ひとり玉砕の島を行く」「「白紙召集」で散る-軍属たちのガダルカナル戦記」「「日本男児」という生き方」がある。

「戦地を廻るようになったきっかけは会田雄次著『アーロン収容所』を読んだ事。本の中で戦争に対し謝罪する日本兵にイギリス将校が、『互いに正義を信じて戦ったのだから謝るな。簡単に謝るのは奴隷のする事。我々はサムライと戦ったのであって奴隷と戦ったのではない。』と語るくだりがあった。この発言は戦争への恐怖や罪悪感しかなかった自分にはショックだった。」「6年前にカダルカナルに行って以降、印税の全てを充てて年に2~3回のペースで20箇所以上を廻った。いつも戦友会のご老人と一緒に行き、『戦友を弔う事が我が使命』という想いのにじみ出る彼らの背中を見続けた。そしてそれを見た者として、彼らの継承者たらんと言う思いを強くした。」「今、海外には物理的・政治的に回収不能な遺骨を除いても58万柱の遺骨が帰国を待っている。一年で収集できる遺骨は平均600柱にすぎない。また海外にある民間建立慰霊碑は587基あるが、そのうち管理不全や所在不明なものが7年前のデータでも270基に達する。これらの慰霊碑の管理修繕の費用を捻出する為、戦史検定なるものを行い、その検定料を充当する試みを始めた。」「海外から日本に帰ってくるたびに、戦後とは何かと感じる。何不自由なく生活できるようになったら戦後なのか。国民みんなが戦没者に感謝し、正しい歴史観を語れるときまで戦争は終わっていないと思っている。政府の不作為を批判するのは簡単な事。気付いたものには責任がある。それはより多くの人に『気付き』を与える責任。私は書き続けることで使命を果たしたい。皆さんも各々のフィールドで動いてほしい。何か戦没者のためになる事を行ってください。無知は罪です。無関心は恥です。」と切々と語られた。

また参加者から外国の慰霊碑の管理状況について質問があったが、「米国の慰霊碑は常に管理人が常駐し整備している。この差が戦争の勝敗という理由だけとは納得できない。」と述べられた。
続いて正午の合図とともに黙祷。東京の全国戦没者追悼式に御臨席の天皇陛下の御言葉を拝聴。声明文を朗読し、最後に参加者全員で「海行かば」を斉唱し閉会した。
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- 2011/08/16(火) 18:53:56|
- 日本会議広島主催
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午前中は日差しも少なく例年と比べると過ごし易かった感のあった6日、市内リーガロイヤル広島において「三たびヒロシマの平和を疑う!」と題し広島平和ミーティングが開催された。不可解な理由による会場確保の遅れや街頭ポスターに対する妨害など、様々な逆風があったにもかかわらず、会場は1,900名の参加者で埋め尽くされた。一昨年:1,300名、昨年:1,500名と確実に参加者が増えており、また構成も小中学生を含めた若年層が多くを占めるようになってきた。
国歌斉唱の後、原爆犠牲者に対し黙祷をささげた。松浦日本会議広島会長の開会の辞の後、昨年に引き続き『平和と安全を求める被爆者たちの会』の“私たちの平和宣言”【クリック】が朗読されたが、春に起きた東日本大震災の事を入れ込んだ格調高い宣言文に参加者は静かに聴き入った。

次に今回で3度目となる第29代航空幕僚長:田母神俊雄氏による講演が行われた。氏は当日朝の平和記念式典について『3年前の平和宣言と比べると内容が随分変わった。広島における言論封殺が改善されたように思える。』と述べられた。
また『世界は軍事戦から情報戦に移行している。今まで日本を弱体化させるために行われてきた情報戦は主に歴史認識に対してであったが、東日本大震災以降は原発事故による放射線への恐怖の植付けが加わった。原発の放射線の影響を過大に評価し、国民に対し核アレルギーを蔓延させている。しかし核武装の議論はやめるべきではない。核武装をすると日本が孤立すると言うが、開発途上国と異なり経済大国の日本を排除して世界経済は成り立たない。世界が核廃絶に向かっているとしてオバマ大統領の核廃絶宣言をマスコミは取り上げたが、宣言の翌年のアメリカの核開発関連予算が前年度比12%増だった事は書かない。あの宣言を核廃絶宣言だと思っているのは日本だけである。これも情報戦の一つである。発言力は軍事力に比例する。核保有国に核を持たない国は逆らえない。今の日本は経済も国防もアメリカに相談をして決定している。アメリカの都合の良いように操られる。国防をアメリカに負担してもらっている限り,自国の事を自分たちで決める事が出来ない。震災における苦境の時期に国防費増額など出来ないという言うが、実は子ども手当ての総額の半分の予算で中国に対抗する事が出来る。』とされ
現政権と今後について『民主党政権により震災のドサクサに紛れ中国人のビザ緩和が行われたが、これは国会の承認ではなく省の通達で行われた。このような重要な事案が国民の議論を経ずして行われ続けていくのは危険であり、早急にきちんとした保守の政党が政権を握る事を期待したい。』と語られた。

ついで独立総合研究所代表取締役兼首席研究員で原子力委員会原子力防護専門部会専門委員:青山繁晴氏による講演が行われた。氏は壇上から降りて参加者の間に入り、時折マイクを向けるなどして熱く語られた。
『広島の原爆がどういう目的で落とされたのか。核の人体に対する影響実験に使われた事は紛れも無い事実である。この事を広島の教育はもっと子供達に教えていく必要がある。アメリカは被爆した子供達がどのように衰えていくかを冷徹にデータにとって保管している。福島の放射線汚染にアメリカが敏感なのは、このような膨大なデータを持っているからである。福島原発の事故の直後に私が現地に入ったのは、国家の根幹となすエネルギー供給源について、石油のように中東諸国や米英大手メジャーの意向に左右される事がなく広範に調達できる、ウランによる原子力エネルギーを重要な選択肢としてきた自らの責任と感じたからである。』と語られた。
核武装論者の田母神氏と非核武装論者の青山氏ということで注目を集めた核武装については『この国の主役は我々であり、また最終責任者でもある。外国に同胞が拉致され取り返せなくても、この国は平和であると思い続けている責任は我々にあるのではないか。先日、中井洽・元拉致問題担当相が北朝鮮の高官と会ったが、相手はコメの支給を要求し、こちらは再調査のお願いをしただけ。このような屈辱的な交渉もアメリカの指示があったようだ。アメリカも北朝鮮が核を保有した事で対応を変えた。田母神氏が言うとおり核保有国の発言力は格段に強力である。私は核兵器は罪無き一般の市民を溶かす兵器と考えるので核武装には反対の立場である。しかし核武装の議論は今すぐに始めなければならない。田母神氏は二年前このタブーを破った。その勇気を賞賛したい。核被害を蒙った国として核武装の権利を主張する事も正当である。祖国を大切に思う事に右も左も無い。祖国があってこそ言葉が通じ合い、お互いが意見を交し合える。』と述べられた。

両講師の熱い語りで予定の時間を30分以上オーバーしたが、参加者は最後まで熱心に聴き入り、最後に両氏がそろって登壇すると、拍手がいつまでも鳴り止まず、本講演会が意義あるものであったと参加された方々に思ってもらえた事が感じられた。
また今回は初めての試みとして、インターネットを使った同時中継が行われ、東京・大阪・兵庫・長崎で201名が参加した。
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- 2011/08/08(月) 20:27:06|
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